ラビとこっそり会うために用意した部屋がある。もっと良い部屋を用意すると言ったのに、スラム街の端っこにあるボロ家でいいと言うのだ。 「ボロ家だなんて失礼さ。此処で生活してる人達がいるのに。」 なんて怒られたことがあるけど、ラビのその感情こそ彼等の生活を貧しく憐れだと蔑んでいるようにティキは思う。 本人にそんなつもりがないのはわかっているが、ティキもどちらかと言えば此処に住む住人達と同じ側の人間だったのだ。 上流層の生活なんて自分達には全く関係のない別世界のものだと思っていたし、何よりその日のパンをどうするかということしか頭になくて周りの生活など気に留めたことなど無かった。 貴族生活も貧しいその日暮らしも知っているからこそ、ティキは家なんて自分の生活に合うものを選べばいいと思う。 無いなら無いでどうにでもなるし、金がある奴は豪邸建てるなり別邸造るなり好きにすればいい。 自分の生活に見合わない場所に入り込めば悪目立ちするだけだ。 「それに、綺麗に片付ければ十分使えるさ。」 と嬉しそうに笑うラビが可愛かったのでまあいいか。と思った。 今の瞬間の問題はラビよりこの場所でタキシードをばっちりきっちり着込んでいる自分かもしれない。 「ラビ?」 今日もお互いの仕事の空き時間を見付けて待ち合わせをしていた。 立て付けの悪いドアをくぐり、声を掛けながら部屋に入るが返事は無かった。 まだ来ていないのかと思ったが、窓際に置かれたソファーの上で本を抱えたまま眠っているのを見付けた。 どうやら約束をしていないときにも出入りをしているらしく、日に日に本の山が増えていて順調に足場を侵食している。 (綺麗に片付ければって言ってたのは何処の誰だっけ) 「にゃー」 …残念ながらラビの声ではない。 これは何処からか入り込んでこの部屋に住み着いてしまった黒猫の声だ。 ラビにばかり懐きティキには殆んど見向きもしないので正直気に入らないのだが、ラビがとても可愛がっているのでそのまま放って置いている。 しかし声はするが姿が見えない。鳴き声を頼りに部屋の中を見回す。 すると本の山が雪崩れてしまい戸を塞がれているクローゼットからカリカリ爪で引っ掻く音がする。 どうやら開いていたクローゼットに入り込んだものの本の山が崩れたせいで戸が開かなくなってしまったようだ。 (あーあー可哀想に。) 可哀想だと、思った。 良い寝床を見つけたとご機嫌で入り込んだが、バサバサと本が崩れる音と共に戸が閉まってしまう。 隙間から差し込んでいた光が閉ざされ急に真っ暗になる。 自分が黒猫の立場ならまず此処でパニックかもしれない。 案外暗闇に馴れた猫ならば、まだそんなに焦りはせず昼寝を続けるだろうか。 満足いくまで睡眠を取り、お腹もすいたしさあ外に出ようと前足で戸を押すがびくともしない。 この時の絶望感はどんなものだろうか。と考えぞっとすると同時に、そんな状況に置かれているであろう猫が急に愛おしくなった。 しかし戸を開けてやろうという気にはならない。 まあ、猫がこういう事態に何処まで焦りを感じるものか知らないし、もしかすると大して焦ってなどいないのかもしれないけれど。 その時ソファーのラビが身じろぎするのが見えた。 「う、ん………ぁ、寝ちゃったさ!」 がばぁっと起き上がり慌てたように回りを見渡しティキに気付く。 「わ、ティキ!ごめん!!ていうか起こしてくれれば良いのに!」 「おはよラビ。丁度今来た所だよ。」 時計を確認してほぅっと一息ついてあれ?という顔をする。 「ティキ、猫見なかったさ?」 「にゃぁん」 ラビの声に応えるように、ティキにはぜったいしない甘えたような声で鳴いた。 「何処だろ……。」 「ラビこっち、本が崩れて戸が開かないんだ。」 クローゼットの前の本を退けてやりながら言うと、えっマジで!?と慌てて駆け寄ってきて障害物の無くなったクローゼットを開けた。 漸く中から出られた猫はラビの足にすり寄り聞いたこともないような柔らかい声で鳴いた。 ちょいちょいお嬢さん。ラビは戸を開けただけで見付けてあげたのも本を退かしてやったのも俺なんですけどね。 と思いながらも猫を抱き上げ幸せそうに笑うラビを見ながらこっちまで嬉しくなってくる自分は相当だなと自覚する。知ってたけど。 でもやっぱり寂しくてラビの背中から抱き付くついでに猫の頭を指でくすぐってやる。 いつもティキが触れようとするだけで逃げていく黒猫は珍しく気持ち良さそうに目を細めもっとと言うように頭を擦り付けてきたが、調子に乗るなよと軽くぺしっと指で頭をはたいた。 そしたらふしゃー!と怒られた。 猫に見せ付けるようにラビの肩に頭をのせすり寄れば、待たされていじけたと勘違いしたのか申し訳なさそうに寝ちゃってゴメンとの言葉と一緒に傾けた頭をこつんとティキの頭に預けた。 そんなの全く気にしてないからそのにゃんこを離して早く自分を構って欲しい。 「ラビ今日は何しよっか。」 「本、片付けっかなあ…。危ないもんな。」 「ラビ…」 仲間は勿論、敵であるエクソシスト達に言ったって笑い飛ばされるだろう。自分だって驚きだ。 この、十近くも歳の離れたおまけに宿敵であるエクソシストでブックマン後継者でもある少年がとても愛しく大事なのだ。 この先こうして会える時間は減るだろうし、戦争が進むにつれ苦しくなる関係だと解っていても離したくないと思ってしまう。 でも今はお互いそこには触れず後ろめたさを抱いたまま逢い引きを重ねるのだ。 只でさえ難しい立場にいる上、繊細で物事を小難しく考える傾向にあるこの少年はきっと自分より遥かに傷付き悲しむのだろう。 「ぱぱっと終わらせて、旨いもん食いにいくさ!」 しかし、この笑顔には弱いのだ。 **************** 2012/5/22 ティキは孤児院育ちだった? なぜサンイヴェはギスギスするのにティキラビは仲良しなんだろうか。 にゃんこが閉じ込められての件は深幸の思考回路です。 虫、蚊とかGとか殺すのが怖いと言うと可愛こぶりやがってぺぺって言われるんですが。 単純に怖いというのもあるんですが、自分がその立場だったら…って考えてしまうんですよね…。 蟻なんかどうしようもないだろうって思うんですが、踏まれてしまったのを見付けてしまうとどうも気分が沈みます。